<質問>
44ページの右側,上から2行目「タルタリアは,デル・フェッロのものより応用の利く3次方程式の解の公式を,自力で編み出していたのだ」と書いてあります。大学の講義の際に,「デル・フェッロが初めて代数的な解法を発見し,30年ほど後にタルタリアが再発見した」と聞きました。タルタリアは「自力」で3次方程式の解法を思いついたのでしょうか? それとも,デル・フェッロのアイデアから改良したのでしょうか?

神奈川県高座郡,H.Y.さん
11月1日質問受付
<回答>
 確実な証拠はないので断言はできませんが,どうやらタルタリアは,まったくの自力で3次方程式の解法を発見したようです。
 タルタリアは,ユークリッドの『原論』のラテン語訳に含まれていた数学的な誤訳をなおすなど,多くの業績をもつ当代一流の数学者でした。タルタリアの物理学的な研究は,後にガリレオにも影響をあたえています。
 そのタルタリアに,数学勝負の挑戦状を送りつけたのが,デル・フェッロの弟子フィオールでした。30問の問題を出しあい,しめ切りの日までにその解答を提出して,正答数を競うというものです。フィオールは,師のデル・フェッロが発見し,一般には知られていないはずの「3次方程式の解の公式」を,ひそかに授かっていました。
 ところが勝負は,30対0で,タルタリアの圧勝でした。タルタリアは著書の中で「しめ切り直前の2月12日の深夜に,自力で解の公式を発見した」と書いています。ただし,さまざまな記録を総合すると,どうやらタルタリアは,フィオールが過去の数学勝負で出題した問題を事前に研究していたようです。フィオールが出してくる問題は3次方程式の問題だと知ったタルタリアは,「3次方程式の解の公式が存在する」ということに気づき,自力でそれを発見したとみられます。3次方程式の解の公式は,「それが存在する」ということさえわかれば,タルタリアほどの数学者なら,自分で思いついてもおかしくない程度のむずかしさだと考えられます。
 ちなみに,30対0という圧倒的なスコアから推測すれば,タルタリアはフィオールの出題パターンを研究し,そのパターンを外すような出題をしたのでしょう。一方のフィオールには,こうした“変化球”に対応できるほどの数学的な能力はなかったようです。
 この勝負の後,タルタリアは,しつこくせがむカルダノに,仕方なく解の公式を教えました。ただし,教えたのは公式そのものではなく,「どうすればその公式が導けるか」という手順(を示した詩のようなもの)でした。このことからも,タルタリアは解の公式をただ知っていただけでなく,その導き方までを知っていた人物だったことがわかります。
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